『 可愛い弟は好きですか? 』



 暑い日差しの中で鳴いていたセミの声がだいぶ減った今日この頃。
 それでもなお、残暑が厳しい日々が続き体が水分を欲して止まない。
 喉を潤しても潤しても感じるのは渇きだけ。

「アクエリアスに麦茶っとー…」

 全国大会が終わり、あと数日もすれば二学期が始まる。
 終えていなかった夏休みの宿題は今日中には終わるだろう。
 他のメンバーはどうだか知らないけれど。

「これで買い忘れねーよな?」

 母親に頼まれた買い物のメモを見直し、一つ一つ確認をする。
 どうやら今夜はカレーのようだ。
 レジで清算を終え、スーパーの扉をくぐった途端もわっとした熱気に襲われた。

「あっちぃー…」

 スーパーの中がだいぶ涼しくなっていたせいか余計に暑く感じてしまう。
 乾いていた汗もじんわりと出てきた。
 照りつける日差しに目を細めなながら空を見上げれば飛行機雲が一つ。
 東から西へと細く長く青い空に描かれていた。

「夏ももー終わりだなぁ…。」

 携帯の時計を見れば12時46分。
 あと少しで京介が家に来る時間。

「っと、もうこんな時間か」

 10分とかからず自宅には着くが、ほんの少しだけ歩くスピードを上げる。
 1分でも1秒でも早く逢いたいから。

「あー…宿題なにが残ってるんだろう…」

 携帯のメールに「宿題が終わんねー」と送られて来たのは昨日の夜のこと。
 両親に了解を得て、今日、明日と泊まりで宿題を終わらせる予定でいる。
 ただし…京介がどこまで夏休みの宿題を終わらせているかはまだ知らない。
 特に苦手な科目の宿題には手をつけていないような気がする。
 気のせいだといいけど。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ただいま」
「あら、お帰りなさい。早かったのね」

 ガラガラと音と立てて玄関の引き戸を開ければ割烹着を着込んだ母親が佇んでいた。
 どうやら玄関に置いてある花を生けなおしているようだ。

「あれ、母さん…。もう京介来てる?」
「えぇ、10分くらい前にお見えになったわよ」

 やんわりと、穏やかに言葉を紡ぐ母。
 その言葉を聞いて嫌な予感がした。
 玄関にあったのは見慣れた京介の靴と、見慣れない大きな靴。
 それぞれに行儀良く並べられているのは母が並べ替えたのだろう。

 頼まれた買い物を母親に渡し、すぐさま自分の部屋へと向かう。
 母が後ろでなにか言っていたような気がしたが聞き取れなかった。

    ―――スパーン!

「よう、お帰りー。遅かったなぁ〜」
「勝手に上がってるぞ」

 勢い良く部屋の障子を開ければそこには京介と兄さんが居た。
 手にしているのは古ぼけたアルバム。

「…なにやってんの」
「なにって…鉄の幼い頃の写真見せてる」
「ちょっ! 兄さんなんでそんなもん見せてるんだよ!!」
「見たいって言われたからに決まっんだろ」

 にやりと笑う兄。
 京介は京介で悪戯を思いついた子供のように笑ってる。
 やられた…。
 確実に兄さんからなにか聞きだしたに違いない。

「兄さんー…変なこと言ってないだろうね」
「別にー。事実を述べただけだぜ?」
「……………」
「3歳の頃チョコを食べ過ぎて鼻血出して『死んじゃう〜』ってわめき散らしたこととか、
 6歳の時庭にある木から落っこちて『凄いよ、僕怪我してないよ!』って目を輝かせながら
 言ったこととか、小学3年生までおねし…」
「わ〜わ〜わ〜!!! なに赤裸々に人の過去ばらしてるんだよ! 酷いよ兄さん!」

 指折り数えてゆく過去の話に顔が一気に赤くなる。
 ってかなんで兄さんがこっちにいるんだよ!
 全国大会終えてすぐ大阪に帰ったはずなのにっ!

「酷いって言われてもなぁ〜。アルバムに証拠の写真があったからつい…な」
「…そもそもそのアルバムがなんでここにあるの?」
「母さんが持ってきた。暇つぶしにどうぞ〜って」
「―――っ!!!! 母さんっ!」

 きびすを返そうとした瞬間、盛大な笑い声が聞こえてきた。
 見れば肩を震わせて京介が笑い転げてる。

「…京?」
「わ、わりぃ。鉄のそういう姿初めて見るからっ」

 苦しそうに腹を押さえる京介に毒気を抜かれた。
 恥ずかしいことはこの上ないが、京介が笑ってくれるならそれでもいいか、と。

 その後、兄さんを交えて始めた勉強会は意外なほどスムーズに進んだ。
 何気に兄さんがスパルタなせいだろうけど――

 なんとなくこそばゆく感じるのは久しぶりに兄がこの家にいるせい。
 居ないことに慣れてしまった自分が少しだけ寂しく思えた。



『銀にーちゃっ!』
『鉄ー…ついて来ちゃったのか?』
『あい!』
『しゃーない、ほら手貸しな。一緒にお使い行こうな』
『あい、にーちゃ!』

 兄に手を引かれ毎日のように歩いた道。
 それは時には散歩だったり、時には母のお使いだったり。
 ただ、兄と一緒にいたくてずっと引っ付いてた。



 それは幼い頃の記憶―――
 今もなお、鮮明に蘇り色褪せない―――


*** Fin ***