音も無く、一つの影が夜の空を飛んでゆく。
闇に浮かぶのは白銀色した獣の目をした少年だけ。
その手に握るものが風に揺れてシャララン――と音が鳴った。
ビル群の突風に音は掻き消されたけれど。
「へっ。ちょろいもんだぜ」
そう言って気配が消えた瞬間、警報機の音とパトカーのサイレンの音が鳴り響いた――
――― K U R E N A I ―――
新月の夜、朽ち果てたビルの一室に少年の影が現れる。
すとん――と、空中から影が降りる動作は人ではない不自然な動き。
白銀色した目の瞳孔が一瞬細くなり、彼の姿が変化してゆく。
警戒を解いた彼の姿は人とは異なるものが現れた…。
二股に分かれた尻尾と、ふさふさの大きな黒い耳。
それが猫又である彼本来の姿――
「さてと…頂くか……」
左手には先ほど盗ってきた赤い宝石――ルビー――が。
逆の手に力を入れた瞬間、爪が伸び宝石を切り裂いた。
刹那、赤いもやのようなものが彼の周りを取り巻き、そして消えていった。
光輝くはずの宝石はひび割れ、輝きを失ったまま風に誘われるように飛んでゆく。
さらさらと、さらさらと―――彼はそれを見つめたまま拳を握りこむ。
「へぇ、そうやって力を取り戻すんだ」
「なっ―――!」
「お〜っと。物騒だなぁ。駄目だろういきなり爪飛ばそうとするなんて」
「誰だっ! お前はっ!」
「百年以上も生きてるのにやっぱりこの瞬間のときは油断するんだね。
駄目じゃないか、隙だらけだったよ〜?」
「放せっ―――!」
振り向くよりも早く、細い縄で一瞬のうちに縛り上げられた。
けれどどんなに力を入れてもその縄を引きちぎることすら出来ない。
力を使い、周囲に誰もいないことを確かめたはずだった。
誰よりも気配に敏感なはずなのに、それがなぜ気がつかなかった?
「んー逃げない? 攻撃しない?」
「へっ、誰がっ!」
「じゃぁ駄目だなぁ〜」
のほほんと答える奴のほうへ己の意思と関係なく体が動かされる。
抵抗すら空しく――
「はーなーせー!」
「あはは〜。そんな力入れても無理だよ。俺はマザリモノだから」
「――っ! お前がっ!」
妖と人との間に生まれた子供をマザリモノ――混ざり者――と呼ばれる者達が存在する。
その呼び名の由縁は名の通り、両方の血を色濃く受け継ぎ力が混ざっているためだ。
「あ、俺のこと知ってるんだ? 光栄だね〜」
「風の噂で聞いただけだ………」
たいていの子供はどちらか片方の親の血のみを受け継ぐことになる。
が、ごくごくまれに両方の親の血を受け継ぐ者が現れる。
前者の者であれば問題視はされない、受け継いだ血に属するからだ。
しかし――後者は属するものにとってはそれすらも出来ない。
異なる血が危険なバランスの上で成り立つために、いつそれぞれの力が暴走するとも限らないからだ。
特に人との間に生まれた子供は力の暴走を起こしやすく、幼いころにその命は消えてゆく。
体に、力の負荷が耐えられないからだ。
「知ってるなら話は早いかなぁ〜」
「………………」
「俺が力を封じることも、力を奪えることも知ってるってことだもんね」
「あぁ………」
故に短命だと言われるマザリモノの中で唯一、数え年で15になるものが現れた――
それだけでも話題になるのは十分なのに問題は血筋にあった。
父親は雷の妖神、母は人間で最強と謳われた退魔師を持つという。
その者の力は並みの妖ですら太刀打ち出来ず、更には退魔師としても最上級の部類に入るという。
――これまでか。
「あ、別に俺は君を殺しに来た訳でも、力を封じたり奪いに来たわけでもないから」
「はぁ? じゃぁなんで!」
「んー…純粋に君に興味が沸いたから」
「なんだそれ…」
「群れることをせず『己が成すべきことを成している』って聞いたからどんな奴かなぁ〜って」
「あぁ? じゃぁテメーはただ単に俺を見に来ただけなのかよ?
こんなことしておいてっ!」
影っていた雲が去り、星のあかりが荒れたビルの中に差し込んできた。
浮かび上がる相手の姿に彼は驚く。
2m近くはありそうな身長に、白い手ぬぐいを巻いた頭、黒いライダースーツ。
にんまりと笑う姿は人を馬鹿にしているようにすら見えて腹立たしい。
「まぁそうなるね」
「なら縛る必要はねーだろうがっ!」
「…素直に最初から話聞いてくれた?」
「うっ………」
「ね? でもまぁ〜いいかな」
しゅるんと細い縄から開放され、圧迫感が消えた。
ほっと深呼吸をすれば自分以外の体温を感じ、びっくりする。
「わー想像通りだぁ〜ふかふかぁ〜」
「っ! テメーなにしやがるっ!!」
「スキンシッ〜プ」
「あぁ――?」
「へー帽子から耳が出るようにちゃんとなってるんだねー」
「て、テメー帽子とるんじゃねー!」
「あはは〜やだ〜♪」
「は な し や が れ ー !」
全身で威嚇をするも効果なし――
開放される気配は見られず、耳も障られ放題のまま。
しかもうっかり体温が気持ちいいと思ってしまう。
そうなるともうどうにでもなれ、と思うしかない。
「あれ? 抵抗やめたの?」
「力でも適わねー奴にやっても意味ねーだろうが…」
「だねぇ。んじゃ本題に入ろうかな」
「はぁ?」
奴はにやりと笑い、部屋を変えて話始めた――
巷で人に害を成す妖たちが増えたこと。
それを律するのが自分の使命であること。
また同時にパートナーを求めていることを…。
「それで俺になんの関係があるっていうんだよ」
「俺が京介君にパートナーになって欲しいから」
無理やり自己紹介をさせられ、今の通り名を教えたことに深く深く反省している。
名前教えただけで喜ばれるとは思ってもみなかったからだ。
「君なんてつけるんじゃねーよ」
「じゃあ呼び捨てさせてもらうね」
すっかりぶすくれた俺は勝手に持ち込んだソファーの上で胡坐をかいて座り込んだ。
あいつ――石田鉄と名乗った――はソファーの反対側に座り、足を組みながらくつろいでる。
浮かれてるのが手に取るようにわかるのがまたむかつく。
「パートナー…駄目かなぁ?」
「い・や・だ」
あっかんべーをしながら言い切ってやる。
だが、サングラスをはずした彼の目から視線が放せない…。
右目は金色の瞳、左目は鮮やかな朱色の瞳。
それぞれの瞳に力が宿っているのが手に取るようにわかるから。
ここまで綺麗な瞳を見るのも初めてで、注意しないと魅入ってしまう。
「得にもならないから?」
「当たり前だろうが…」
「仕事の報酬はお金だけじゃないんだよねぇ…」
ぴくりと耳が動く――
悪人面と呼べそうな笑顔が…少しだけ怖いと思った。
「仕事が仕事だからね、裏の世界のことも情報が入ってくるんだ。
君が探してる石のこととかもね」
「――交換条件かよ」
「君には悪い話じゃないと思うよ、早く力を取り戻したいんでしょ?」
「ちっ…。なにもかもお見通しかよ………」
「パートナーを受けてくれるんだ」
「………偽者の情報はいらねーぞ」
「OK〜。じゃ、俺のこと鉄って呼んでよ。俺は京って呼ばせてもらうから」
「……手、出せ」
「へ? まぁいいけど」
差し出された右手に力いっぱいこめて叩く。
俺なりの同意の意味を込めて。
それからしばらくして噂が流れる。
朱金と白銀の最強最悪のタッグが現れた――と。