『 Crescent Secret 』
*** 2003/08/15 初出:Crescent Secret ***
誰にも言えない秘密が出来たんだ―――
自分だけの、大切な…大切な…秘密―――
神聖な儀式のように厳かな静寂の中で―――
相手に気がつかれないように―――
Side Atobe
あいつはただいつもと同じように頷いただけだった。
理不尽なことを言ったのに………。
十月のに行われた合唱コンクールは盛大なものだった。
生徒数が多い氷帝ではとうぜんクラスの数も多く、そのために大抵の行事で学年ごとで一位を決める慣わしになっている。
一年次からの発表が続く中、あいつを見つけたんだ。
付き合い始めた樺地の姿を―――
課題曲をミス無く歌い上げ、自由曲の伴奏が始まって俺は少しだけ驚いた。
歌の途中で男性パートのテノールとバスにそれぞれ独唱がある曲で歌いにくい曲だったからだ。
女性特有の高く澄んだ歌声に重なるように低く、伸びやかに歌う男子達。
テノールを担当していた鳳は元の位置に戻り、パスを担当する樺地が一歩前に出た。
伸びやかな歌声が静かな講堂の隅々まで届き、強靭な歌声に会場内はざわき出した―――
もともとあまり自分からしゃべらない樺地の声を覚えている奴は少ない。
クラスメイトの奴らさえ、覚えていないのが殆どだろう。
それくらい無口なのだ。
そんな樺地が歌いだす歌声は厚みがあり、なによりも聞き取りやすくて。
歌いながらも真っ直ぐに俺を射抜く眼差し。
どこか甘く囁かれているような感覚さえして…。
歌い終わったころには俺の体は確かに欲情していた。
屋上で歌声を聞いた時にはならなかったのに。
それから暫くの間、俺はおかしかった。
樺地と二人っきりになると訳もなく樺地に触れてみたくなる。
訳も無く突然に―――
なによりも樺地の声に反応してしまうのだ。
耳元で囁かれている訳でもなく、ただ普通に話をしているだけなのに腰きてしまう。
なぜか二人っきりの時だけに。
いつになくイライラした日だった。
思いっきり樺地に八つ当たりして困らせて…。
話しかけるなと、ほかの奴と喋るなと―――
あいつはただいつもと同じように頷いただけだった。
理不尽なことを言ったのに………。
出来るだけほかの奴と話さないようにしている樺地をみて心が苦しくなった。
胸が――締め付けられた―――
苦しくて切なくて、そして悲しくて…。
自室に篭って一人、俺は柄にも無く泣いたんだ。
頭がいたくなるくらい泣き続けて、そして気がついた。
共にいるだけで満足していた俺の心はいつしか新たなる願望を抱いていたことに――
樺地に触れたいと、触れられたいと―――
自分から触れてみようと何度も挑戦した。
けれど邪魔したのは俺自身のちっぽけなプライドで。
気がつけばすでにクリスマス。
テニス部の連中と解散した後、勇気を出して樺地に俺が思っていたことを話してみたんだ。
『お前のことは好きだ。でも…一番じゃない。』
この言葉だけでお前の顔は真っ青になってたの…覚えてるか?
『一番好きなものはテニス以外にはないから。
でも…樺地への思いは好きなんていう軽い言葉では言い表せないくらい大切なんだ』
と―――
少し考えるような仕草をしたあと、「俺もです」って言ってくれたことが嬉しくて。
嬉しすぎて飛びついたらバランスを崩して押し倒したんだよな、また。
告白した時のことを思い出して少し恥かしかったけど。
嬉しいっていう気持ちが自然と俺を笑顔にしんだ。
そしたら急に樺地が抱きついてきて…驚いた。
初めて密着した樺地の鼓動はどきどきしててた。
俺も同じくらいどきどきしてたけど…気がつかれたかな?
触れ合う人肌が気持ちよくてこの日から同じベットで寝るようになったんだ。
手を繋いで、向き合いながら。
ときには腕枕をしてもらったまま寝たり、お互いの鼓動が聞こえるくらい密着して。
自分とは違った体温の暖かさが心地よかった。
でも本当はお前の唇に触れてみたかったんだ。
触れたいという願望がいつしかキスしたいとっていう願望に変わり始めて。
だから俺はお前に秘密を持った。
年が明けて初めて泊まりに来た一月二日に―――
規則正しい寝息をたてるお前の唇を盗んだんだ―――
厚ぼったい唇に触れた瞬間、ぴりぴりとした感覚に襲われた。
どこか甘くさえ感じて………。
触れたばかりの唇には樺地の体温が宿っているようでなぜか恥かしくなった。
けれど…触れることが出来るのがそれ以上に嬉しくて―――
自分だけの、大切な…大切な…秘密―――
神聖な儀式のように厳かな静寂の中で―――
相手に気がつかれないように―――
樺地が先に寝付いた時の習慣になった。
月に照らし出された樺地の寝顔は凛々しくて、逞しくて。
起きてる時に触れるのにはまだ抵抗はあるけれど、こうして寝ている時なら素直に触れるから。
ごめんな、樺地。
もう少しだけ…このまままで―――
いつの日かお前に告白出来るその日まで―――
姿が変わる月だけが、俺の秘め事を眺めていた―――
*** Fin ***