『 Moonglow 』
≡≡ by Kabaji ≡≡

彼の気まぐれで入ったCDショップ。
店内に流れるBGMが賑やかな曲から物静かな雰囲気の曲へと変わった瞬間、表情に陰りが見えた。
次第にきつく握られた手は見る見る色を変えて、見ている方が痛いと思うくらい握りしめて。
名前を呼んだ瞬間、伸ばしてた腕は振り切られ、そして―――悲痛な表情のまま走り去っていった。
彼の全てが自分を拒絶していたから、来るなと、近寄るなと言っているようで、ただ切なくて。
胸の痛みが時間と共に大きくなっていく。
走り出した時に見えた瞳は哀しみに彩られ、どこか脅えているようにさえ見えて…すぐには追いかけることが
出来なかった。


++++++++++++++++++


学校に部室、二人でよく過ごした中庭、学校から割と近い場所にあるストリートテニス場。
彼が気に入っているコーヒーショップにこの前行った大きな本屋。
そういえば、ここに来た時に参考書を選んでくれたっけ…。

「絶対に見つけないと―――」

思いつく限りの場所を、彼との思い出を一つ一つ思い浮かべながら探し歩く。
笑顔を思い出すたびにテニスバックと鞄の重さを忘れることが出来たから。
なによりも側にいたいと思うから。
燃えているように紅かった空は気が付けば鉛色の雲に遮られ、闇が世界を支配してゆく。
探し初めて2時間弱―――もう家に帰ってしまったかもしれない。
そんな考えがよぎり、自分の胸が締め付けられた。

「跡部さん、今どこにいますか?」

寒さを感じる風の中、微かに甘い匂いがした。
この時期に咲くオレンジがかった黄色い小さな花。
その花自身の存在感は薄いのに匂いは強く甘く、遠くからでも金木犀だと分かるくらいに。

「そう言えば………」

思い出したのは『側にいろ』と言ってくれたあの公園。
跡部さんの家からそう遠くない場所にあって、まだ探しに行っていない。
最後の希望とも思える場所へと。
額から落ちる汗を拭いながら、また走り出す。

こんな自分を必要としてくれた人。
誰よりも綺麗で強くて、それでも時々見せる表情は実年齢よりも幼く見えて。
あぁ、おろおろしていた自分をみて大笑いしたこともあったっけ。
俺のこと可愛いとか言っていたけど、跡部さん本人の方がすごく可愛かったんだよなぁ。
空手の型を見てもらった後、ずっと格好良かったって言い続けてくれて、そんな姿が愛しいって素直に思えた。
信じられないくらい自分の中が跡部さん一色に染まってる。
自分でも執着心ないなぁって思ってたはずなのに、不思議だよな本当。

「あっ…れ?」

公園の入り口に到着すれば小さな歌声が聞こえてきた。
明かり一つない暗闇だというのに歌っている人物が跡部さんだと、直感した。
持っていた荷物を下ろし、ダッシュをかける。

「………………かっ樺地?」
「跡部さん!!」

気が付いたのは俺の方が一瞬早かったらしく、二人の距離はすぐに縮まった。
走る跡部さんの右手をしっかりと掴み、抱き寄せようとした瞬間、涙を流しているのに気が付いた。
どうすればいいか分からずにおろおろしていたら隙をつかれて逃げられた…。

「っ、跡部さん逃げないで下さい!」
「いやだ、追いかけてくんな!」

やっと探し当てたのに、この手で捕まえたのに………。
なによりも泣いている貴方を頬っておける訳がないのに。
逃げ惑う後ろ姿を見ながら徐々に二人の距離を縮めてゆく。
15分くらいたった頃だろうか、走り続けられた彼を捕まえる事が出来たのは。
肩で呼吸を整えながら、逃がさないように腰に腕を回して抱き寄せる。

「捕まえた。もう、逃げないで下さいお願いしますから…。
 俺が悪かったのなら謝りますから………」
「か…ばじ?」
「ウス、俺です」

普段よりも近い位置、弱々しい印象、絡み合う視線。
それらが自分の中のなにかを燻らせ、目覚めさせようとする。
腕の中で暴れ続ける跡部さんの、思いがけない力でバランスを崩し地面に倒れ込む。

――――――っ!!

硬直した跡部さんの体を両腕で固定し、受け身をとった瞬間、鈍い痛みが背中に走る。
ちょうど芝生が生えている場所に倒れ込んだらしく、思ったより痛みは軽くてすんだけれど。

「大丈夫ですか、痛いところとかありますか?」

雲が流れた空には大きく丸い月が優しく光り輝いて。
さっきよりも密着した状態に血液が沸騰するような感覚を感じた。

「あぁ、跡部さん泣かないで下さい!!
 どこか痛いんですか!?」
「ちがっ、違うっ…そうじゃないんだよぉ」

掠れた声とともに左右に首を振りながらゆっくりと上半身を起こしていけば、ちょうど月を背にした格好になって。
淡い光を身にまとう姿はあまりにも綺麗で言葉を無くす。
初めてこの人を見たときと同じくらいの、いやそれ以上の衝撃が体中に走った。
気が付いたら何度かキスをされていて、俺は夢でもみているのだろうか?
ふわふわとした浮遊感のような感覚に捕らわれて。

「俺、お前の事が好きなんだよ樺地ぃ。
 でもこんなの気持ち悪いだろうからって。なかなか言えなくて…でもつら、くて…。
 変な夢まで見ちゃっうし、それでも…もう止まらないんだ。
 自分の中がお前に対する気持ちで一杯で後から後から溢れてくるんだよぉ………」

きつくブレザーを握り込む手は闇に白く浮かぶ。
しゃっくりをあげながらも精一杯、自分の思いを俺にぶつけてくれる姿に強く惹かれ、心が乱れる。
どれだけ跡部さんが俺のことを思ってくれているのか痛いくらいに分かったから…。

「男から告白されて…気持ち悪いよな?
 俺のこと軽蔑してもいいから、嫌だったら俺の側から離れてもいいから…」

跡部さんの声に酔って…涙に捕らわれて、全身に感じる甘い心地よさ。
じんわりと俺の体に浸透してゆく。
白い輝きを放つ月は珍しく七色に光る輪を従え、それが跡部さんの流す涙は虹色に煌めく雫となった。
枯れることのない泉のように流れてゆく涙がこれほどまでに美しいものだと、耐え難いものだと知らなかった。
消え入りそうな弱々しい印象がより儚げに、艶やかに見えて。
そして気が付いた―――自分の中の本当の願いに。

「ごめんな…かば…じぃ………好きになっ…てごめっ………ふっ」

常に前を向き闘う姿に見とれて、側にいることを許されて。
でも俺が自分の気持ちに気が付かなかったから…今苦しませているんだ。
なんでもっと早く気が付かなかったんだろう。
側にいると誓ったのに、ずっと守り抜いていくと心に決めたのに。
馬鹿なのは俺―――なんだ。

「あと…べさん………」

びくりと肩が動く。
たぶん無意識の行動だと思うけど、どうすれば分かってもらえる?
考えを巡らせても答えは見つかるはずもなく、思いのままに行動を起こしてみた。
怒られてもいい、ただ跡部さんに笑っていて欲しいから。

「もう泣かないでください…俺も…跡部さんのこと好きだから。
 泣いているところを見るのは辛いから………」
「う、そだ………」
「嘘なんかじゃないです、跡部さんに告白されるまで気が付きませんでしたけど…。
 跡部さんを愛しいと思う気持ちも、好きだという気持ちにも嘘はありません。
 よくよく考えたら一番最初に跡部さんを見たときにもう一目惚れしてた見たい…っす」

気が付くのが遅くてごめんなさい。
でも…もう悲しませたりしないから、だから信じてください。
俺の思いを受け止めてください。

「本当に本当なんだな?夢じゃないんだよな?」
「夢じゃありません、現実です」

触れるだけのキス。
そもそもやり方なんて知らないけど、なんとなくこうすればいいって解るから。
もっと…より深い場所で感じあいたいから。
「好きです」と耳元で語れば微かに体が揺れた。
もしかして跡部さんって耳が弱いのかな?
ちょっとした行動の一つ一つが愛おしくて好きなんだと確認する。

「ずっと………俺の側にいてくれるか?」
「ウス、許されるのであれば生涯、貴方の側にいさせて下さい」

跡部さんの瞳に俺が移り込む。
微笑む姿は俺だけのもでこれ以上ないくらいの幸福感にみたされた。
この思いが最初で最後の恋でいい、跡部さん以上の人なんかいないから。
「好きだ」と言ってから、跡部さんの唇に俺のを重ねる。
虹の輪を従える月と煌めく星たちだけが見ている二人だけの約束―。


++++++++++++++++++


今俺の腕の中ですっすりと眠っている姿はどこかあどなさを残していて。
正直言えば今も夢心地な感じはある。
でも―――跡部さんの体温が現実だとちゃんと教えてくれてるから。

「一年………か」

社会に出ればたいした差は感じないだろう。
でも俺たちはまだ中学生で、跡部さんは来年中学3年。
一緒にいることの出来る時間は限られてる。
悔しいけど変えようのない事実で、共に歩んで行くのために俺は何をすればいい?

「きっと跡部さんはプロテニスプレイヤーになるか会社の跡を継ぐんだろうな。
 テニスを続けていくならまだいいけど…、問題は会社の跡を継いだ時だよなぁ」

こんなことを考えてるって分かったら跡部さんに笑われるかな?
それとも怒られるかな、どっちだろう。
どんな起こってもいいように覚えられることは全て覚えよう。
そしてちゃんと自分のものにしよう。
なにがあっても大丈夫なように、ずっと跡部さんを守り抜くために。
光溢れる夜空に一人、誓いを立てる。

まだ語ることの出来ない小さな夢だけど、いつかきっと実現させますから、だから…側にいさせてくださいと―

目を閉じて聞こえるのは跡部さんの寝息と心臓の鼓動。
寝る前に何度とキスをした事を思い出して顔が紅くなる。
なんでこれだけで気持ちよくなっちゃうんだろう。
やっぱり大切な人としているせい―――なのかな。

小さな欠伸をすれば鏤められた恒星たちがきらりと瞬いた―――


*** Fin ***