『 Moonglow 』
≡≡ by Atobe ≡≡

公園にあるにブランコに俺は腰掛けた。
この時期によく咲く金木犀の香りに気付き深い溜息がこぼれる。
脳裏に浮かんだのはつい先ほどのこと。
名前を呼びながら伸ばされた手を払いのけてしまったのだ。
しかも本能的に。
その時に見せた樺地の表情を思い出すたびに辛くて、自分の胸が締め付けられるように痛くて、息が出来ない。
なによりも嫌なことを思い出し、余計に苦しくて。

「まだあいつ俺のこと探してるのかなぁ…」

無意識に呟いた言葉が自分の本音だと気づき愕然とした。
勝手に店から飛び出し、樺地を置いてきたのは自分自身なのに、それでも心は探して欲しいと期待していて…。
自分が傲慢で自己中心的な考えを持っている事は自覚していた。
それが最近、樺地にだけ罪悪感を感じるようになったのだ。
「俺のそばにいろ」と言ったのは自分から。
彼の樺地の自由を奪っているのに気が付いたのはつい最近のこと…。

「本当に俺、どうしたんだろう…」

きっかけは一週間前に見た夢だった。
妙に生々しくて現実的で、赤い色だけが目に焼き付いて離れない。
今でもときおり正夢ではないのかとさえ考えてしまうほどリアルだった。
目覚めた時には全身脂汗をかいて、呼吸も荒く体も震えててとても怖かったのを覚えてる。
ただ一つ、夢をみて分かった事があった。

「俺の…俺の本当の気持ち」

呟きながら握り合わせていた両手に力が入る。
きつく、きつく握りしめ、目を閉じる。

   キィ、キィ、キィ―――

錆びた鈍い音が静かな公園に広がる。
世界に自分しかいないような錯覚に囚われ恐怖に体が強ばる。

「なんか背中がすーすーして寒いんだぜ、お前が一緒にいないだけで…。
 なぁ早く俺を見つけろよ、いつも俺の側にいるって言ったじゃんか。
 それとも呆れてもう家に…帰ったか?」

深い深呼吸を数度繰り返し、家に帰る決心をした。
日が傾いてからだいぶ時間が経過しているし、これ以上ここにいてもあいつは現れないと判断したから。
カシャンと音を立ててブランコから立ち上がる。
だいぶ体は冷たくなっていたが心が感じる痛みに比べたら大して気にはならなかった。
後輩である樺地の名前を再度呟いて、公園の出口へと足を向ける。
街灯も月明かりもない薄暗い道を一人、静かに歩き出した。

「さみぃし〜くぅて こいぃし〜くぅて きみ〜へのおも〜いぃ なだぁそぅそう〜
 あいた〜くぅて〜 あいた〜くぅて〜 きみ〜へのおも〜いぃ なだぁそぅそう〜」

ふらりと立ち寄った本屋で流れていた曲を口ずさむ。
演歌に似ているようで違う歌い方が耳にこびりついて離れない。
涼やかと言える歌声は一定のリズムで保ち、優しく聞き手に問いかけてくる。
それが余計に俺の心をかき乱す―――。

「樺地ぃ………」

いつもなら聞こえる返事が無いだけでこんなにも辛いと思わなかった。
どれだけ彼に依存していたのか改めて気が付いて、ただ…切なくなって視界が歪む。
見上げた空はまだ厚い雲に覆われ―――冷たい風が頬を掠めた刹那、名前を呼ばれた気がした。
辺りを見渡せば東の入り口付近から誰かが走って来る。
見慣れた大きな体格。
自分の知り合いには一人しか該当しない。

「………………かっ樺地?」
「跡部さん!!」

30mほどあった距離もすぐに縮まり、深呼吸をしながらしっかりと俺の右手首を掴んだ。
薄暗い場所にいたせいで額に浮かぶ汗に気が付いた。
薄ら寒い季節にこんなに汗が出てるなんてずっと探してくれていた証拠でしかない。
純粋にその行為が嬉しくて我慢していた涙がこぼれ始めた。
慌てふためく姿の隙をついてまた逃げ出す。
泣いている顔なんてみっともなくて見せられないから…。

「っ、跡部さん逃げないで下さい!」
「いやだ、追いかけてくんな!」

素直になりたくても邪魔をするのはちっぽけなプライド。
見つけてくれたことが凄く嬉しくてすぐにでも抱きつきたいくらいだけどそれは出来ないから。
あいつが、樺地が困惑するだけだから、だからあの場所から逃げ出した。
反比例する心と体はなんて滑稽なんだろうと走りながら考えながら。
流れ落ちる涙が冷たくて、気が付いたら公園の端にある広場まで来ていた。

「捕まえた。もう、逃げないで下さいお願いしますから…。
 俺が悪かったのなら謝りますから………」
「か…ばじ?」
「ウス、俺です」

腰に回された腕が俺の体を拘束する。
今度こそ逃げる隙をあたえないように、でも俺が苦しくないように微妙な力加減で抱き寄せて。
真っ直ぐに向けられた眼差しが痛て俺は暴れ出した。
自分でも思っても見なかった力のせいで樺地を巻き込むようにバランスを崩す。

――――――ヤバい!!

ぎゅっと目を瞑りこれからくる痛みを覚悟すれば俺の体が包み込まれた。
暖かくて、一定のリズムを刻むものに。
芝生に倒れ込んだ衝撃に襲われることなく、それどころか浮遊感さえ感じ、ゆっくりと目を開けた。
目の前には心配そうに見上げる樺地の顔。
全身を駆けめぐる血が顔に集まりだして一気に顔が赤くなる。

「大丈夫ですか、痛いところとかありますか?」

優しく問いかける声が心地よくて止まっていた涙がもう一度頬を伝う。
空を覆っていた雲はいつの間にか消えて月明かりが地上を照らす。

「あぁ、跡部さん泣かないで下さい!!
 どこか痛いんですか!?」
「ちがっ、違うっ…そうじゃないんだよぉ」

言いたいはずの言葉が泣いているせいで上手く言えない。
ふるふると首を横に振って上体を起こす。
普段とは違う見下ろす格好と樺地の真剣な表情に胸が高鳴る。
あふれ出す思いはもう………せき止める事が出来なかった。
馬乗り状態のままそっと樺地の唇に自分のを落とす。
軽く触れるだけキスを二度、三度と。

「俺、お前の事が好きなんだよ樺地ぃ。
 でもこんなの気持ち悪いだろうからって。なかなか言えなくて…でもつら、くて…。
 変な夢まで見ちゃっうし、それでも…もう止まらないんだ。
 自分の中がお前に対する気持ちで一杯で後から後から溢れてくるんだよぉ………」

しゃっくりをあげながらブレザーの脇の部分を握りしめる。
同性に「好きだ」と告白されたのは一度や二度じゃない。
強制的に抱き寄せてキスを迫る奴さえいた。
その度に二度と手出しが出来ないように潰して来た。
だからこそ…だからこそ自分の思いを告げるのが怖かった。
普通ではあり得ない事だから、異常と言われても仕方のない思いだから。
正直言ってこの思いは諦めてた。
ただ樺地が俺の側にいてくれればいいと、自分を言い聞かせていたから。

「男から告白されて…気持ち悪いよな?
 俺のこと軽蔑してもいいから、嫌だったら俺の側から離れてもいいから…」

誰にも見せたことのない弱い俺。
もう樺地の前では虚勢を張ることすら出来ないから…本当の俺を知って欲しいから。
自分のプライドなんて気にならなかった。
言いたかった気持ちが思いのほかすらすらと言えて。

「好きだって、大切なんだって思うのは樺地だけだからっ。
 お前以外なにもいらないから…少しだけ、もう少しだけこのままでいさせてくれ…」

両目から流れ出るのはただの涙ではなく思いのこもった特別なもの。
ぽたっぽたっと次から次へと樺地のブレザーに真新しいシミを作り出す。
今まで馬鹿にしてきた恋が、こんなにも辛くて切ないということを初めて知って。

「ごめんな…かば…じぃ………好きになっ…てごめっ………ふっ」

目を閉じて嗚咽を上げて。
みっともない俺の姿をみて驚愕しただろうか、嫌いになっただろうか?
それでもいい………告げることが出来たのだから。
これ以上望むのは出来ないから、今だけ…今だけ………。

「あと…べさん………」

声変わりの終わった低い声が俺の名前を呼んでくれる。
たったそれだけのことで胸が詰まり心地よく感じて、この思いが最初で最後になればいい。
きっと樺地以上に好きになる奴なんかいないから。

 さみしくて 恋しくて 君への想い 涙そうそう
  会いたくて 会いたくて 君への想い 涙そうそう

伸びやかな歌声が何度もリフレインされる―――
自分の気持ちを歌われているような錯覚に陥りながら―――

ふわり、と頬に暖かいものが触れた。
目を開けなくても分かる樺地の大きな手。
俺の頬を包み込むように添えられて、目元に生暖かい感触を感じる。
軽く触れては離れて、別の場所にまた触れて。
幾度となく繰り返される行為に心地よさを感じ、強ばっていた体から力が抜ける。
そっと目を開ければ困った顔が月明かりに照らされていた。
ただ…俺を見る眼差しはどこまでも柔らかくて、はらはらと今度は静かに流れ出した。

「もう泣かないでください…俺も…跡部さんのこと好きだから。
 泣いているところを見るのは辛いから………」
「う、そだ………」
「嘘なんかじゃないです、跡部さんに告白されるまで気が付きませんでしたけど…。
 跡部さんを愛しいと思う気持ちも、好きだという気持ちにも嘘はありません。
 よくよく考えたら一番最初に跡部さんを見たときにもう一目惚れしてた見たい…っす」

少し困った感じの笑顔に射抜かれて、樺地からのキスに放心して。
不意打ちとも思える突然の告白に驚いて、涙が止まった。

「本当に本当なんだな?夢じゃないんだよな?」
「夢じゃありません、現実です」

今までに見たことのない極上の笑顔を称え、そして深く口付けられて。
あまりの気持ちよさに必死にしがみつく。
ときおり「好きです」と耳に囁きながら十分に唇を味わって。
お互いに抱きしめて、見つめ合う。

「ずっと………俺の側にいてくれるか?」
「ウス、許されるのであれば生涯、貴方の側にいさせて下さい」

交わされた約束は二人だけのもの。
一年という年が二人を分けても共に歩むことは出来るから。
どちらからともなく「好きだ」と呟いて、もう一度触れるだけのキスをする。
神聖なる儀式にもにたキスの味はどこか甘く切なくて、静かに見守っていたのは丸い月と瞬く恒星だけ。
冷え切っていたはずの体は芯からぽかぽかと暖かかった―


*** Fin ***