『 Find one's voice 』
≡≡ by Atobe ≡≡

いつ頃からだったのだろう。
俺を見つめる視線の存在に気が付いたのは…。
見られているというのに嫌悪感を一度も抱くことがなく、気が付けば8月も半ばに差し掛かっていた。

「ったく暑ぃ………」

40℃近い気温のせいで今日の練習は途中ながらも終わった。
真夏日が数日続いたお陰で少し体調を壊し気味の俺にはありがたいことだ。
正直言ってしまえば午後の練習まで持たなかったと思う。
今も軽いめまいを感じたし、なにより体がだるくて歩くのさえ辛い。
まぁ、他の奴らには気が付かれなかったんだから良しとするか。
キィという音を立てながらフェンスの扉を開け、部室へと足を進める。
肌触りの良い藍色のタオルで汗を拭きながら家に帰宅してからなにをするか考える。
………なんにもやる気がしねぇな。
恒例の夏期休暇の宿題も全て終わらせてあるし、ゲームやDVDを見るのも飽きたし、どうするか?

「跡部先輩」

低いながらもまだ子供っぽさを残す声に呼ばれた。
人の足音や気配に敏感な俺が気が付かなかったのか?
釈然としないながらも振り向けば妙にばかでかい奴がいた。
こいつ――――――確かここに来て初めてテニス始めた奴だったな。
ぼんやりと考え事をしていた刹那、不意に浮遊感を感じ、驚いた。

「先輩、すいません失礼します」
「下ろせ」
「跡部先輩もう少しだけ我慢して下さい。
 今木陰に連れて行きますから…」

180cmを超える長身の奴に急に抱えられて驚かない奴なんかいないだろう?
器用にも右腕一本で俺の体重を支えてやがる。
左腕は申し訳程度に添えているだけで、一応急に落とされるのを防ぐために首に腕を回す。
でもこいつ、こんなことする奴か?
まぁ楽だし、好きにさせるか。
なにか不可解な行動知るようだったらいつものようにしばき倒せばいいことだしな。
なんとなく、必死な様子が手に取るように分かるし。

「………分かった。
 そこに着いたら理由言えよ」
「ウス」

抱き上げられた状態はいつもと違う視線の高さで「こいつはこんな世界を見ているだ」と感心した。
見上げた空も普段より近く感じて、空の青さが眩しいくらいだ。
特に今日は雲一つない快晴で降り注ぐ太陽光が痛いくらいに暑い。
視界の端を赤く小さなものが通り過ぎ、青いキャンバスに色を添えて。
もう赤とんぼが飛ぶ季節か。
今の大会が終わればすぐに秋季大会である新人戦が始まる。
たぶん、いや絶対に俺が新部長として任命されるだろうな、現時点で2年の副部長やってるし。
あぁ〜めんどくせぇ、つーか考えるのがおっくうだ。
これからのことを考えると頭痛がしてくる。
考え事をしている間に着いた場所は創立当初から憩いの場所として知られている所だった。
静かに地面に下ろされ、視線が重なる。

「急にこんなことをしてすいませんでした。
 ただ…先輩の様態が悪いようでしたので差し出がましいとは思ったのですがこちらに運ばせて頂きました。
 少しの時間でもいいですからここで横になって休んでて下さい。
 何か飲み物とか持って来ますので…」
「自分の体調は自分がよく分かってる、余計なことはするな!!」

俺は驚愕した。
口から発せられた音は冷たい言葉として相手を襲う。
誰一人としてばれていないと思っていたのが、1年のしかも一度も話したことのない奴に気が付かれるなんて。
ただ、信じられないと思った。
それと、同時にやり場のない怒りを感じきびすを返す。

っ――――――やばい!!

頭から血の気が引くのを感じた瞬間、俺は意識を手放した。
1年の奴に名前を呼ばれているような気がしながら…。


++++++++++++++++++


「んっ………」
「大丈夫ですか、跡部先輩」
「俺は………倒れた…のか?」
「ウス」
「放っておいてもよかったのに」

あまりにも自然に呟いた。
家柄や容姿のせいも拍車をかけていただろう。
誰かに何かをされるという行動の裏には邪な思いがあると知っていたから。

「なっ、なんてこと言うんですか!
 大事な大会前じゃないですか、先輩が抜けた穴は誰にも勤まらないんですよ!!
 自分のこともっと大切にして下さい!!」

怒られることさえ無かった俺に声を荒げて怒鳴るこいつはなんだ?
なにか思惑があってやったんだろう?

「生意気なこといってすいません!!
 でも…本当に自分のことなんですから悲しいことは言わないで下さい」

心の底から心配しているのだと、この時初めて気が付いた。
他の奴らとは違う、純粋なまでに俺を気遣う姿は健気で。
こんな貴重価値のある奴なんていないだろうに。
なによりも身構えた姿は大型犬の犬が叱られるのを覚悟したときのように見えて仕方ない。

「くっ、くくくくくっ!
 あ〜はっはっはっはっは!!」
「?????????????」

馬鹿でかい図体しているくせに動作が小動物みてーで面白い。
本人はなんで笑われているか分かってねぇみたいだけど。
軽く首を傾げる姿も可愛いぞお前!

「くくくくくっ、駄目だ腹痛ぇー」
「跡部先輩?」
「笑い終わるまでまっ、待て、くくくくくっ」
「…ウス」

笑い出して10分ほどが経過しただろうか。
一陣の涼しい風が俺たちと枝を揺らしていった。

「あ〜笑った笑った。
 悪かったな急に笑い出して」
「いえ…」
「でかい図体しているのにさ、おろおろと焦っている姿が妙に可愛かったんだよお前。
 確か………樺地だったよな?今年からテニスを始めてもう準レギュラー入りがほぼ確定している」

重なる視線に覚えがあった。
あぁ、お前だったんだな…。

「ウ、ウス、準レギュラーにはまだ遠いですが…」
「正レギュラーも時間の問題だよ、お前なら。
 ところでどれくらい倒れていたか分かるか?」

初心者の奴が見ただけの技を簡単にコピー出来るかってーの。
なにか下地があったからこそ出来るんだろうけど、なんでだ?

「だいたい数分程度です。
 それより体の方はどうですか?
 アクエリアスありますが、飲めますか?」
「あぁ、貰う」
「たぶん…熱疲労からくる軽い貧血だと思います」

普通ならずっと見られると嫌悪感を抱くはずなのに。
樺地だと逆に見られるのが心地いいとさえ思う。
………不思議な奴なだお前は。

「なぁ………なんで分かったんだ、俺の体調が悪いってこと」
「本当にちょっとした事なんですが、普段より体の切れが無くて…。
 それに誰も気が付かなかったみたいですがさっき倒れそうになっていましたから。
 あとは…目です」
「目?」
「はい、瞳に宿る力強さが無かったので…。
 急にあんなことをして本当にすいませんでした」
「いや、いいさ、体調が悪いのは本当のことだし、逆に助けられたしな、ありがとう、助かった。
 でもよく気が付いたな、一番近くにいた正レギュラーの奴らにも気が付かれなかったのに」
「いつも…いつも見ていましたから先輩のこと」

気が付いていたさ、本当は。
でも、確固たる確証がなくてそのままにしてた。
たった今お前だってことが分かったけどな。

「………そうか」
「もう少し休んでで下さい。
 着替えるにしてもまだ部室は混んでますから。
 あと自宅に連絡しますか?」
「そうだな、車を呼ぶかって…あぁ、今休暇中だったなそういえば…」
「でしたら俺が自宅まで送ります。
 荷物持つの大変でしょうし…」
「いいのか?」
「ウス」



++++++++++++++++++


「そこの公園を右手に曲がればもうすぐだ」
「ウス」
「なぁ、その「ウス」って口癖なのか?」

俺と自分のバックを肩に背負っている樺地。
あのあと1時間ほどの休憩をとって帰路に着いているのだが…。
今日、何度目かに聞く単語が不思議で自然に聞いてしまった。

「ウス…、幼少の頃から武道を嗜んできたせいでつい…」
「それでついでるのか、なるほどな。
 なぁ樺地。武道ってなにやってたんだ?」
「空手を中心に柔道や合気道もやっていました。
 特に祖父が合気道を、父が空手をしていたのでその影響が強かったです」
「ふ〜ん、お前が見た技をすぐに実践出来るのも武道をしていたお陰なんだな。
 あれだろ、見取り稽古とかいうのもしてたんだろう?」
「ウス」

俺と話しをする時、自然と猫背になるけど案外姿勢はいいんだな。
テレビとかでたまに空手の試合とか見たことあるけど樺地がやったらもっと格好いいんだろうな。

「今度さ、いつでもいいから見てみたいなお前が空手しているとこ」
「俺の………ですか?」
「あぁ、樺地のだ」
「空手の型で良ければいつでもします、跡部先輩」
「じゃぁ楽しみにしてるぞ、絶対だからな!!」
「ウス!」
「それと「跡部先輩」って呼ぶな、せめて「さん」付けで呼べ、樺地」
「ウ………えっ?」
「お前の実力は認めてる、だから俺のことを「さん」付けで呼ぶことを許してやる。
 だから呼べ」
「えっ…っと…あっ…跡部…さん」

困惑しながらも律儀に呼ぶ姿はやっぱり可愛くて。
きっと樺地は心が凄く綺麗なんだろうな。

「よし、これからずっとそー呼べよ、絶対だからな樺地ってお前顔真っ赤だぞ?」
「あっ、えっ…っと…大丈夫です」
「ならいいけどな。そうだ、お前いつも俺こと見てただろ?」
「………ウス」
「俺のテニスプレイを盗めるだけ盗め。そして自分の物にしてみろ。
 だからずっと俺の側にいろよ、いいな樺地」
「…ウス、ありがとうございます!!」

この日を境に、俺の後ろにはいつも樺地がいるようになった。
ただの後輩だった樺地に恋心に気づくまであと少し―――。


*** Fin ***